2024年5月15日 (水)

熊野街道をゆく 令和6年5月12日(日)てくてくツアー

 熊野街道とは:     熊野街道には大阪八軒家浜の渡邊津から熊野本宮大社迄99の王子社(碑)

           があります。

  平安時R代から熊野参詣が盛んになったと言われています。

 白河上皇や鳥羽上皇が鳥羽離宮(眼城南宮あたり)で身を清め道中の無事を

 祈願し、 淀川を下って渡邊津から熊野三山(熊野本宮・新宮・那智大社)

 を1カ月ほど かけて参詣しました。

 泉佐野市内も2つの碑(佐野王子と樫井王子)があり、沿道には歴史や伝説

 にあふれた見どころが いっぱいあります。

 今日はそれらを一つ一つボ ランティアガイドと一緒に

 てくてくと歩いて巡ってみました。

行程2024年5月12日 泉佐野駅集合 9時30分集合 

 ご挨拶 ストレッチ体操 4班(参加者34人。スタッフ15名)に分かれて順次出発。

 阿弥陀寺 → 佐野市場道標(みちしるべ) → 佐野飛行場跡 → 

 旧蟻通神社跡の碑 → 蟻通神社(境内散策と昼食+紙芝居2編) → 

 八丁畷地蔵 →  塙団右衛門の五輪塔 → 樫井王子跡 → 

 奥家住宅 → 淡輪六郎兵衛の宝筺印塔 → 樫井古戦場跡(終着点)

 (解散後) → 南海「吉見ノ里駅」or JR「新家駅」までご案内。 

受付は南海泉佐野駅構内のATMの設置されているスペースをお借りしました。

 通行の邪魔にならないように配慮し、出発前にはストレッチ体操をしました。

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阿弥陀寺正覚院 如来寺は浄土宗のお寺。ご本尊は阿弥陀如来。立派な宝筺印塔が建っています。

ちょこっと雨が降ってまいりましたが続行です。1班に引き続き2班もやって参りました。

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佐野市場道標(みちしるべ)

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 「すぐ」はまっすぐの「すぐ」ですとガイドさん。納得で~すとお客様!

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佐野飛行場跡

 今皆さんが立っておられるこのガード下は

 空港連絡道(平和への道)の真下です。

 そして、ここが佐野飛行場(戦争への道)の滑走路のど真ん中、

 熊野街道(神様への道)が南北に横切って走っています。

 とガイドさん!

 参加者全員がパワー!をもらいました。

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 佐野飛行場の概要

 現在の泉佐野市中央部に位置する「佐野飛行場」は明野陸軍飛行学校佐野分教所として、

 昭和17年より建設が行われ終戦まであった。

 長さ1500m・幅60m・の滑走路と格納庫1棟・兵舎4棟などが作られた。

 その総面積は約300haにも及びその区域内には田畑をはじめ

 山林、ため池、神社、墓地、集落などが含まれた。

 この一帯の農地(佐野・日根野・長滝・南中通)

 集落(野添・松屋・一里山・南村全村・俵屋新田・長滝東一部)

 墓地(長滝・市場辻の花) 神社(蟻通・八幡)等強制移転し建設された。

 主要なため池では四つ池(道の池、大池、新の池、重蔵池)、中の池、上三ヶ尻池、

 下三ヶ尻池、等19にも及ぶ池が埋められ、蟻通神社も長滝に移転させられた。

 これらの溜池にかわる用水源確保のための稲倉池の築造計画がたてられ

 昭和17年11月工事着工の承認から昭和25年本格的な工事が再開され

 昭和32年4月稲倉池の本体および用水路が完成した。

 このようにして始まった飛行場建設であったが、戦況の悪化により一番機が飛んだ後は、

 飛行学校であるのでここから出撃するようなことはなかったが、敗戦の年になると九州から

 出撃する特攻機の中継地となり何日かに数機ぐらいの割合で特攻機が立ち寄っている。

 戦後、昭和253月より府・市・村の農地委員会により整理が行われ、測量や売渡方針が

 立てられ同年8月に整理が完了した。

 現在は公園や宅地として利用され、農地は少なくなっている。

 末広公園の西側に三ヶ尻池跡の碑が立っている。

 飛行場の正門の門柱が片方だけ残っている。

 市内の人たちが「飛行場」といっている飛行学校は、南海泉佐野駅と羽倉崎間、

 そして南海線と阪和線間にあった。2000m×1500mでおよそ300haの相当広い面積である。

旧蟻通神社跡の碑

 佐野飛行場建設のため蟻通神社は引っ越し、元の神社跡には碑が立てられています。

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蟻通神社(境内散策と昼食+紙芝居2編)

 11時半ごろに到着。先ずは鳥居をくぐって表門の方に移動し

 冠の池でガイドさんからの説明を聞く。

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 昼食をはさんで紙芝居を2本(蟻通伝説と大坂夏の陣樫井合戦)

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 蟻通神社に伝わる伝説の浮世絵です。

(宮司さんがわざわざ舞殿に掲げてくださいました)

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八丁畷地蔵

 ここは長滝から八丁、樫井まで八丁の地点に建てられたお地蔵さんで、

 旅人の安全を祈願してのものです。

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塙団右衛門の五輪塔

 大坂方の豪傑、塙団右衛門がここで戦死しました。

 立派な五輪塔のお墓が建っています。

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 五輪塔とは、5つの石を積み重ねた、古くから伝わる伝統的なお墓です。

 5つの石はそれぞれ五大元素と呼ばれる宇宙の構成要素(地水火風空)を象り、

 五輪塔で供養すると、死者の肉体は五大に還元され、極楽浄土に往生する

 という意味合いが込められています。

樫井王子跡

 籾井王子と表記されています。

 樫井の自動車屋さんの裏庭にひっそりと佇んでいます。




奥家住宅

 裏庭に廻って土塀越しにお屋敷の屋根を見学

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 奥家住宅は,元和2年(1616)に帰農して当地に定着したとされる豪農の屋敷である。

 泉佐野市南端部の大阪湾沿岸に位置し、熊野街道に沿って屋敷を構える。

 主屋は、前身建物の部材を用いながら享保12年(1727)に建てられた。

 表門が19世紀前半の建築と推定され、東土蔵は棟札より明治3年の建築と判明した。

 西土蔵は既指定の東土蔵の西に接続し、取り合い部から明らかに古く、

 19世紀初期の建築と推定される。主屋は規模雄大で、居室部と客室部からなり、

 泉南地方の大型民家としての価値が認められる。土蔵、塀は建物と一体的な価値を有し、

 屋敷の構成や景観も高く評価される

淡輪六郎兵衛の宝筺印塔

 塙団右衛門と並んで大坂方の武将です。

 こちらのお墓は宝筺印塔

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 宝筺印塔とは宝筺印陀羅尼の経文を納めた塔。

 方形の基礎・塔身・蓋からなり,蓋の上に相輪を立てる。

 蓋の四隅に隅飾り突起がついているのが特徴。

 のちには供養塔・墓碑塔にも用いられた。

樫井古戦場跡

 無事ゴールに到達しました。

 ゴールした後はJR「新家駅」組と南海「吉見ノ里駅」組に分かれてご案内。

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 樫井合戦とは(出典:フリー百科事典uikipedxiaより)

 豊臣方は、大坂城大坂冬の陣ののちをすべて埋められてしまったため、

 夏の陣ではを出て戦わざるをえない状況になっていた。

 河内方面、大和方面および紀伊方面より大坂城に迫る幕府軍に対し、

 豊臣軍は紀伊の浅野長晟への攻撃を決定、

 大野治房を主将に、塙直之岡部則綱淡輪重政ら兵3,000を送った。

 また、紀伊および和泉一揆を煽動し、豊臣軍の紀伊攻撃に呼応するよう画策した。

 浅野長晟は、国内で一揆の兆候(紀州一揆)があったことから出陣を見合わせていたが、

 4月28日、兵5,000を率いて和歌山城を出発した。

 先鋒隊は和泉国佐野に着陣した日の夜半、偵察により豊臣軍の先鋒を発見、本陣に報告した。

 この時豊臣軍の兵数を20,000と誤認しため、

 浅野勢は少数での迎撃に適した樫井まで退却することにし、

 亀田高綱を和泉国安松に殿軍として残した。4月29日夜明け

 豊臣軍の先鋒塙直之、岡部則綱と亀田高綱の間で戦闘が開始された。

 亀田は遅滞戦術を展開し、豊臣軍を樫井まで誘引した。

 樫井では亀田隊に浅野知近上田重安らが加わり豊臣軍と激戦になった。

 塙と岡部は先鋒を争う形で突出したため後続が追いつかず、やがて岡部は敗走、

 塙と淡輪は戦死した。戦闘後、浅野勢は一旦紀伊国山口まで撤退した。

 一揆勢の蜂起を合図に攻めようと考えていた大野治房は、

 先鋒で戦闘が発生したことに驚き、樫井へ急いだ。

 しかし、既に浅野勢は撤退した後だったため大坂城に引き返した。

 和泉の一揆は、大坂城から一揆を指揮するために送られてきた大野治長の家臣が

 浅野勢に捕らえられており失敗していた。紀伊の一揆も留守居の熊谷治部、

 寺沢半兵衛らの計略により鎮圧された。

                        お終い 広報部クレサン

 

 

 

 

 

 

 

2024年5月 3日 (金)

第20回 令和ルネッサンスin 佐野町場 2024.5.3-5.5

本日より開催中です。

開催場所:泉佐野ふるさと町屋館

日  時:5/3~5/5 10時~16時

入場無料です。(※落語鑑賞には木戸銭が必要です。)

イベントスケジュールは以下の通りです。

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泉佐野市少年少女合唱団

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泉佐野市民オーケストラ

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泉佐野観光ボランティア協会

記:Suechan

2024年4月30日 (火)

令和6年(2024).5.12(金) 熊野街道をゆく てくてくツアーの御案内

 ※申込は、電話、Fax、メール、ホームページで

  受付します。(住所、氏名、年齢、電話番号等記入願います。)

  申込み〆切日:5月7日(火)

・電話:072-458-3901 FAX:072-415-1427

・メール:sanonoeemon@rinku.zaq.ne.jp

・ホームページ https://www.izumisano-kanvora.com/

↓ HP_QRコード 

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泉佐野観光ボランティア協会

次回のてくてくツアーは、令和6年7月25日(木)南海羽倉崎 車庫見学です。

記:Suechan

2024年4月 7日 (日)

泉佐野・桜名所巡り てくてくツアー 2024.4.7(土)

本日の参加は、36名です。

「行 程」

南海泉佐野駅~妙光寺~観音堂~佐野王子跡~新井邸~泉の森歴史館~泉の森~南海泉佐野駅

南海泉佐野駅にて、本日の行程等について説明中。

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妙光寺

南北朝末期の延文3年(1358年)に近衛家出身の妙実が開いたと言われています。
妙浄寺と共に泉佐野では少ない日蓮宗のお寺。

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観音堂に移動中

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観音堂

昔は井戸があり綺麗な水が湧き出ており(最近まで酒を生産)、

この水は安産の御利益があると言われています。

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佐野王子跡

熊野九十九王子の一つです。

明治41年の神仏合祀によって、春日神社に合祀されましたが、佐野王子跡として石碑が

建てられ、大阪府指定史跡になっています。

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新井邸

昭和7年新井末吉が自宅兼迎賓館として建築
新井末吉:証券業(新井証券)で財を成す。

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泉の森

泉の森ホール、市立図書館、歴史館泉佐野、市立生涯学習センターが同一敷地にあります。
4施設全体で泉佐野市総合文化センター

歴史館見学後の集合場所、時間等について説明中

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泉の森の桜

桜花爛漫です。

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泉佐野観光ボランティア協会

次回のてくてくツアーは、2024年5月12日(日)「熊野街道をゆく」です。

皆様の御参加をお待ちしています。

 

記:Suechan

 

 

 

 

2024年3月30日 (土)

🌸桜だより

JR阪和線 東佐野駅前広場では陽光桜が見ごろを迎えています。

近くの公園ではソメイヨシノが昨年より一週間遅れて開花しました。

来週の土日には満開を迎えそうです❣

記 T.kato

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2024年3月28日 (木)

NHK 鶴瓶の家族に乾杯(前編) 泉佐野市で放送 2024.4.1(月)

鶴瓶の家族に乾杯で2024年4月~NHK連続テレビ小説「虎と翼」に出演する

岡部たかしさんがゲストです。

放送予定日:2024年4月1日(月)

放送時間 :夜 7:57~

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泉佐野観光ボランティア協会

記:Suechan

2024年3月27日 (水)

2024.4.7(日) 泉佐野・桜巡り の下見です。 「2024.3.27(水)」

行 程

南海泉佐野駅 → ①妙光寺 → ②観音堂 → ③佐野王子跡 → ④新井家住宅 → 

歴史館いずみさの → 泉の森 → 南海泉佐野駅

コースの所要時間、安全面、役割分担等を確認しながらの下見です。

①妙光寺

 泉佐野では少ない日蓮宗のお寺

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②観音堂

 昔は井戸があり奇麗な水が湧き出ていた(最近まで酒を生産)

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③佐野王子

 王子は今風に言えば道の駅のようなもので、人々は各王子を

 足掛かりに熊野を目指した。

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④新井家住宅

 1999年(平成11年)国の登録文化財に登録

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2024年4月7日(日)てくてく当日の晴天と桜満開を祈ります。

参加者の皆様、当日を楽しみにしています。

泉佐野観光ボランティア協会

記:Suechan

 

2024年3月26日 (火)

新作 紙芝居の紹介 2024.3.26

新作 役行者物語の紙芝居です。

山に伏し山に生きる、日本独特の修験道、その祖である「役行者」のお話です。

泉佐野観光ボランティア協会では、紙芝居の「上演依頼」を受け付けていますので

申し込み頂ければ、上演致します。

申込は、当協会HP、電話、Fax、メールでお願いします。

(住所、氏名、連絡先、参加人数等お知らせ下さい。)

HP →https://izumisano-kanvora.com/index.html

・電話:072-458-3901 FAX:072-415-1427

・メール:sanonoeemon@rinku.zaq.ne.jp

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泉佐野観光ボランティア協会

記:Suechan

2024年3月14日 (木)

泉佐野観光ボランティア協会 研修ツアー 2024.3.13

今年は、福知山城・丹波篠山を訪ねる 研修ツアーです。

行 程

泉佐野→福知山IC→福知山城→昼食→道の駅(丹波おばあちゃんの里)→篠山城址→泉佐野

高速道での車内の様子。朝は曇っていましたが、徐々に天気になりそうです。!

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福知山城

太鼓橋を渡り、坂の上にある福知山城を目指します。

気温は8℃位で風もあり寒く感じます。

福知山城ボランティア協会さんにわかりやすくガイドして頂きました。

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福知山城

明智光秀が天正7年(1579)頃にこの地に城を築いたことから

始まります。

石垣:天守台から本丸にかけての石垣は野面積という積み方で、400年

以上の歳月を耐えてきたそうです。また多くの五輪塔や宝篋印塔などの

石造物が転用石として使われているのも特徴です。

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福知山城 令和4年11月、竜王戦を開催。

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福知山城天守閣より福知山市内を一望

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福知山 日本料理「一ゑん」さんにて昼食タイムです。

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篠山市内に大きなイノシシ君がいました。デカンショうどん

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篠山城址の駐車場にて、34名全員で記念撮影です。

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お疲れ様でした。全員無事に帰路に着くことが出来ました。

泉佐野観光ボランティア協会

記:Suechan

 

 

 

 

 

 

2024年3月 6日 (水)

モニターツアー「衣通姫と茅渟宮」講演会と現地見学~2024年3月1日

2024年3月1日(金)モニターツアー「衣通姫と茅渟宮」講演会と現地見学

前日の雨も上がり、多数の参加で盛り上がりました

午前は、「衣通姫と茅渟宮」講演会

「衣通姫と茅渟宮」講演会の模様

衣通姫の艶っぽい話などもあり、茅渟宮の歴史もよかったです。

参加者から活発な質問もありました。

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昼食時には、衣通梅が配られました。

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午後は、現地見学です。

コースは上之郷コミュニティーセンター~上之郷小学校(旧役場)~正楽寺~茅渟宮跡(紙芝居)~

樫井川堤道~意賀美神社~上之郷コミュニティーセンター

上之郷コミュニティーセンターにみなさん集まってスタート

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上之郷小学校(旧役場)~かつては上之郷の村役場あった(役場跡の石碑が建っている)

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正楽寺は上之郷で唯一のお寺で、住民のほとんどが檀家です。

立派な太鼓門が出迎えてくれました

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茅渟宮跡(ガイダンスセンター)で衣通姫の紙芝居を上演

~紙芝居に見入る参加者

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万葉かなの石碑の前でガイドさんの説明

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樫井川堤道~梅の香り漂う散歩道、赤い梅、白い梅
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意賀美神社~樫井川の左岸の高台にあり、

古くは「武塔天神」とも呼ばれ、上之郷の産土神(うぶすながみ)として、

またこの地域の雨水豊作の神として信仰されていた。

しめ縄石に「祈雨止雨」が 刻まれています。

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本殿は春日造り、室町時代建立で、重要文化財です。

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上之郷コミュニティーセンターでアンケート~粗品をお渡しして解散です。

次回のテクテクは令和6年4月7日(日)「泉佐野の桜名所巡り」です

泉佐野観光ボランティア協会    

記:池田

 

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