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2022年6月 4日 (土)

熊野街道をゆくⅡ

【蟻通神社】国 登録有形文化財:(11の建造物)本殿、拝殿、幣殿、透廊、舞殿、表門、裏門など

      御祭神:大国主命、蟻通大明神

      本殿は一間社春日造、屋根は檜皮葺、軒唐破風を持つ様式。

      蟻通神社は「紀貫之家集」、清少納言の「枕草子」、世阿弥の謡曲「蟻通」などに登場し、全国的に有名です。

      そのため「親孝行の神」「敬老の神」「知恵の神」としても信仰が集まりました。

      慶長12年と刻まれた石灯篭、岡部候献納の絵馬、三十六歌仙の額、舞殿などがあります。 Img_0923sImg_0909

【八丁畷地蔵】条理地割された田畑の中を街道は直線状に通っている。その沿道に八丁畷地蔵の祠があります。

       天正十八年卯年二月十八日の銘があり、今から約500年ほど前に作られました。脇に嘉永三年三月の銘のある一対の石灯篭が       

       あるが、これは幕末の頃、この地蔵のおかげで追いはぎから難を逃れた大阪の人たちが地蔵講を組んでお礼にこの灯篭を奉納し  

       たものと伝わっています。Img_20190120_130632-ss

【塙団右衛門の五輪塔】大坂夏の陣で活躍した大坂方の武将で樫井合戦の際この地で戦死。その供養のために1631年に作られた五輪塔。

           近くの観音寺に位牌がある。

Img_0861ss Img_3373ssss

【樫井王子跡】上右は個人宅の奥に鎮座していてなかなか拝めない樫井王子跡の石碑です。以前タイミングよく見せていただけたときの写真。

       大坂天満の窪津王子(1番目)から数えて18番目の王子で和泉五体王子の一つとされている。近くの日枝神社に合祀。

【奥家住宅】母屋、長屋門、土蔵、土塀が重要文化財に指定されています。奥家は南北朝期、将監として転戦。大坂夏の陣の後、この地に帰村

      して農業に従事し、樫井の庄屋でもあった。聖護院門跡が毎年三月の友が島修行にいく時、奥家の森御殿で休息し、奥家は草餅で

      もてなしたといい、奥家当主と聖護院門跡の関係は深い。そのとき休憩した 森御殿は昭和前期まで残っていたとか。

Img_3377s

【淡輪六郎兵衛重政の宝篋印塔】代々泉州淡輪に住んでいた豪族で、大坂冬の陣、夏の陣で豊臣秀頼に仕え、樫井合戦で打ち死にしました。

               宝篋印塔は2000年に末裔によって新しく立て替えられました。Img_0863

【樫井古戦場跡】和歌山(徳川方)の浅野方が大阪城攻撃に加わるため、樫井川対岸の高台に陣を構え、大野治房(大坂方)と戦ったのです。

        大野治房は貝塚の岩船寺に陣を構えます。慶長20年4月29日に大阪方の武将 塙団右衛門と岡部大学の一隊が先陣争いをして

        浅野軍に突っ込み大野治房の援護が間に合わず塙は討ち死に、岡部は敗走し、これが豊臣の敗戦の原因となったのです。Img_0866

 

以上、南泉州リレーウォークのレポートでした。お疲れさまでした!!! 

       

 

 

      

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