21.さの町場早まわりコース

南海泉佐野駅から一番近い観光地。 長者伝説のレトロな昭和の町が、ほらそこに。

2018年9月20日 (木)

大将軍湯

 佐野まち場を散策していたら、廃業中の 「大将軍湯」 の煙突から煙が上がっていた

裏にまわるとボイラーに火が入っているではないですか

「 どうして?」 お聞きすると

「定期的に湯を沸かさないと釜にヒビが入って故障する」 と色々お話ししてくれました

そして大将軍湯の内部を見学させて頂けたのでブログでアップします

 唐破風の屋根に塀の白タイル、足元にアクセントのマジョリカタイルが綺麗です

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 内部を紹介します

小さなエントランスには簀が、両横の壁面には下駄箱が、本日休業の札が目立ちます

右側が男湯、左側は女湯です

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 入ると番台があり、大きな赤い提灯や神棚が目立ちます

料金表・マッサージ器・鏡・扇風機・衣服棚など営業していた当時の様子がそのままです

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 「今お湯が沸いてるよ」と見せてくれました

湯舟や鏡の前にはシャンプーがあったり、女湯には小さいながら富士山の絵があります

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 釜場のボイラーでは木片やおがくずを燃料にして湯を沸かします

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戦前、佐野まち場には三箇所の風呂屋がありました

大将軍湯(だいじの湯)本町 ・ 朝日湯(ちょうざの湯)元町 ・ 栄湯(えんだの湯)春日町

大将軍湯の建物は大正時代に建設されたもので、当時は風呂屋として使用していたのかどうかは、定かではありません

昭和11年に転売されて風呂屋として開業し、数年前の廃業まで、まち場の銭湯として活躍していました

大将軍湯は「だいじの湯」と呼ばれ親しまれていました

2017年2月 5日 (日)

泉佐野ふるさと町屋館

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これはわが町の絵手紙作家の宮脇泰彦氏が描いた泉佐野ふるさと町屋館のイラストす。

実際の写真よりも(?)さの町場にある、ふるさと町屋館の雰囲気が伝わってくるイラストで

す(^^)。

迷宮都市と言われるさの町場の入り組んで、くねくねした道を巡って、江戸の風を感じてみ

て下さい。

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ふるさと町屋館は江戸中期に、醤油業を営む二代目新川喜内が建てた町屋で、当家は近

年までここに住んでいました。当時の泉南地方の建築様式を今に伝える貴重な建築物で、

泉佐野市の指定文化財になっています。

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入り口を入ると、中庭まで通り抜ける土間があり、この土間をいろいろな用途で使ったとい

うことが分かります。土間の奥にはかまどがあり、その周りには昔の台所用品が並んでい

ます。かまどの上を見上げると火の神様が祭ってありました。奥の出口を出るとすぐそば

に井戸があり、とても便利にできているんですよ。

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上の写真はミセノマの上の物置です。昔はここは使用人の作業場だったそうです。

柱や梁など、太い原木を粗削りにして、作りは質実そのもの。いかにも江戸時代の商人の

質実剛健な気風を感じます。

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年配の方には懐かしい道具も見られます。

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箱階段もあります。これは展示だけで現在は使っていません。

納戸にある階段を上ると、、、、、ちょっと昔のから江戸時代までの道具類が所狭しと展示

されています。さの町場は主に廻船業の町で、それに伴ういろいろな業種の人たちが住ん

でいました。もちろん船大工も住んでいましたよ。大きなのこぎり!ご覧ください。

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奥の二間は明治時代になって増築された書院造の部屋です。床の間、付書院、鴨居、

欄間、釘隠し、繊細な障子の木組みなど洗練された作りで、江戸時代の質実剛健な作り

との好対照が同時にその場で見られるのは他ではあまりないことでしょう。

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ここは中庭です。中庭には外蔵が建っています。外蔵では時々展示会などが行われます。

季節ごとのイベントでも、この中庭は大活躍です。みなさんが集まってわいわい楽しいこと

をして、町を賑わそうという、NPO法人「泉州佐野にぎわい本舗」さんと町の住民の人たち

で管理運営している「泉佐野ふるさと町屋館」をご紹介しました。

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2017年1月 3日 (火)

春日神社

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鳥居の向こうに春日神社・拝

殿が見えます。

鳥居をくぐってズームインすると、、、

Img_2460_2拝殿の前に2本の石柱があり

ます。これはしめ縄石と言って、寺田財閥の創業者兄弟が奉納したものです。彫刻してあ

る文字は向かって左「深謝捧萬分」(深謝シ萬分ヲササグ)、右「幼年享神徳」(幼年ニ神徳

ヲウク) ここは寺田財閥創業者のゆかりの神社です。

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さの町場を散策する時、江戸時代の豪商、食ノ家と唐金家の存在を把握することは必須で

す。春日神社には両家が奉納した狛犬や石灯籠があります。

Img_2461_s春日神社・境内にある伊勢神

宮の遥拝所。はるか中部地方にある伊勢神宮もここで手を

合わせてお参りすることができます。

Img_2457_s赤手拭稲荷神社…元は阪南

市潮音寺にありました。明治時代にここに合祀される際に、

大阪市浪速区にも分祀されました。上方落語「ごろごろ」の舞台となったのは浪速区の赤

手拭神社です。ここは頭痛にご利益のある神様です。

宝亀年間、今から1200年前ごろ、坂上苅田丸が大和三笠山から神を向い入れ、その後

14世紀に坂上正澄が社殿を作った、という。佐野村の総社として28の神社が合祀されて

いて、毎年7月には佐野の夏祭り「布団太鼓」があり、縁日でにぎわいます。 




2016年7月27日 (水)

さの町場 「上善寺」

上善寺

Img_2428irfannv登録有形文化財に指定され

ている浄土宗の寺、上善寺。創建500年で、この本堂は1683年に建立されました。

元々僧侶の学問修行の道場(檀林寺院)でした。その規模の大きさにビックリしてください^^

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庫裏は約250年前の建立で

建立当時の姿を残しているといわれています。

屋根の上に見える小さな屋根は煙抜きです。

庫裏内部は上までの吹き抜けの空間と 屋根を支えるどっしりとした梁が巨大で、

その規模の大きさに またまたビックリです^^

Img_1538irfanv_4上善寺・大仏堂におわします

仏さまは泉州地区最大の泉州大仏です。

弥陀定印を結ぶ丈六の阿弥陀仏で、地元では親しみをこめて黒仏とも呼ばれています。

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こちらは本堂の前にある石


の水鉢を四隅で担いでいるオッチャン(?)です。

大変ですね、と声をかけたくなるような、そんなオッチャンですよ^^

小さいので見過ごさないように^^

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こちらは江戸末期に漁師の網にかかって海中から引き揚げられたという複雑な経歴

をお持ちの石製の如意輪観音像です。

ありがたい功徳をもたらしてくださる観音様として、人々の信仰を集めています。

観音様に水をかけ、自身の患部と観音様の同じ部分を手でさすると快癒するとか。

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こちらの三十三か所観音堂と お堂の真ん中に安置している十一面観音はこの寺で

一番古く、室町時代に作られました。

十一面観音の両脇に一番から三十三番所の観音様を配しているので、ここに参ると

三十三か所すべて参ったのと同じ効果があるとか。

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梵鐘と鐘楼。  鐘楼は

1797年の建立です。 京都の彫り物師の精魂込めた作だとか。

Img_2426_2irfanv明治時代に建てられた風格

のある表門。

屋根の下の十二支の彫り物は全部そろっていて見事です。

屋根の表と内、両脇に配された十二支の動物たちを探すのも面白いですよ。

辰を探せたらスゴイ!です。探せなくて気になる方は情報センターまでご一報を。

お教えいたしますよ^^

2016年5月10日 (火)

さの町場でこんなの発見!

Img_2466s町場でこんなの見つけました!

集めてきた石を重ねたようにも見えるけど、

でも見方によってはまるでアートでしょ?(o^-^o)

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